『サッカーと独裁者』を読みました

原題は、”AFRICA UNITED -How Football Explains Africa-“。

2006年からケニアのナイロビに新聞記者として駐在した英国人の著者(アストン・ヴィラのサポーター)が、紛争や貧困といったアフリカの暗い話題以外の記事を書こうとして、各国の政治や社会の問題を、サッカーの視点(その国の代表チームだけでなくリーグ戦や街角でのサッカーも)から描くことはできないか、として各国を回って取材したものです。

10の章があり、一章ごとに1 〜2カ国を取り上げ、その国に赴いてサッカー関係者などにインタビューを重ねたり実際にサッカー観戦しています。外国人による取材が制限される国や地域ではその苦労ぶりも垣間見れます。

近年のその国の歴史を振り返ることで社会概要をとらえ、そこから何がその国の問題なのかも提示します。そのなかでは、政治や選挙のためにサッカーが文字通り利用される場面もあれば、サッカーこそが唯一の希望であるかのような国もあります。一口に「アフリカ」といっても、そのどれもに独自の歴史や社会を持つ人々が暮らしており、取り上げられている国も、章順に、エジプト、スーダンとチャド、ソマリア、ケニア、ルワンダとコンゴ民主共和国、ナイジェリア、コートジヴォワール、シエラレオネとリベリア、ジンバブエ、そして南アフリカ、と多種多様です。

例えば、コートジヴォワールにとってのドログバ選手は、単なる優秀な一サッカー選手ではなく、おそらく敗戦後や高度経済成長時の日本にとっての美空ひばりや長嶋茂雄といったアイコンのような存在なのでしょう。しかし、この本ではそうした有名人ばかりではなく、普通の市井の人々がサッカーにどう関わって暮らしているのか、も描かれています。

オーガナイズが行き届いたJリーグを見慣れた者にとっては、アフリカ各国のサッカーを取り巻く混沌さを読むと、まるで熱病にかかったかのように頭がクラクラして妙に息苦しくなってきます。この辺りは著者と訳者による記述の妙、といっていいでしょう。

それぞれの章自体は短編といってよく、その読後感は章によってそれぞれですが、個人的にはソマリアが好みでした。

残念なのは、取材期間が2006年から2010年初頭となっているので、アフリカ初開催となった南アフリカワールドカップのことが入っていないことと、やはりもう少し章ごとにボリュームが欲しかったところでしょうか。

もちろん、実社会のなかでサッカーによって変えることができる範囲など、たかが知れているのかもしれません。しかし、サッカーならばできることもある。多くの人々を集め、一つのことに向かって歓喜できること。そうしたことが、社会を少しでも良い方向に向けるために役立つのであれば、サッカーも捨てたものではないのかもしれません。

ただ、そうした希望をあっさりと打ち壊すのに十分なほど、今のアフリカ各国がいまだ多くの社会的課題を抱えていることもまた真実で、それを改めて教えてくれる一冊です。

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